HomePage Previous Next Admin

§3:条約の意義

_終戦・現在・21世紀を考えるにあたり、日本国と連合国の間で、如何なる取り決めのもとで終戦を迎え、その後の戦後補償が如何に為されたかを検証しなければならない。
_更に、1991年になって、何故、従軍慰安婦問題が浮上したのか、その背景を鑑み、関係する諸国に於いて如何なる取り決めが行われたか、加えて、行われつつあるのかを知らなければならない。当面、その様な手続きが必要なのだが、ここでは条約に関して述べることにする。
_先ず、カイロ宣言から始まる。これは、1943年11月27日に米英中の三国間で署名されたものである。これを受けてポツダム宣言が起草され、1945年7月26日に日本が署名し同年8月14日に受諾された。
_これらは歴史上重大な事実であるが、反面ここでは大きな意味を持たない。

1:日本国との平和条約】

−1951年9月8日にサンフランシスコで署名−
−1951年11月28日に批准書寄託−
−1952年4月28日10時30分に発効−

_さしあたり、重要と目される条約は、この「日本国との平和条約(以下:平和条約)」である。この条約は一般に「サンフランシスコ講和条約」と俗称されている。この条約は7章からなり、最後の7章(最終条項)の第23条(a)を抜粋する。

●平和条約:第23条(a)
_この条約は、日本国を含めて、これに署名する国によつて批准されなければならない。この条約は、批准書が日本国により、且つ、主たる占領国としてのアメリカ合衆国を含めて、次の諸国、すなわちオーストラリア、カナダ、セイロン、フランス、インドネシア、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタン、フィリピン、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国の過半数により寄託された時に、その時に批准している全ての国に関して効力を生ずる。この条約は、その後これを批准する各国に関しては、その批准書の寄託の日に効力を発揮する。

_・・・とある。この条約の効力を発揮する国に、朝鮮や中国(台湾を含)それにミャンマー(ビルマ)やマレーシア(マレー半島)等が含まれていないことに気が付くであろう。すなわち、これらの地域を国として定めたならば、その時点で当該地域が大日本帝国の侵略状態下にあることを立証し得ず、カイロ宣言並びにポツダム宣言との内容に整合が為し得ない。その様な事情に於いてのみ締結された条約である。そのことに注意を促すものとする。

●平和条約:第25条
_この条約の適用上、連合国とは日本国と戦争していた国又は以前に第23条に列記する国の領域の一部をなしていたものをいう。但し、各場合に当該国がこの条約に署名し且つこれを批准したことを条件とする。第21条の規定を留保して、この条約は、ここに定義された連合国の一国でないいずれの国に対しても、いかなる権利、権限又は利益を与えるものではない。また、日本国の如何なる権利、権限又は利益も、この条約のいかなる規定によっても前期の通り定義された連合国の一国でない国のために減損され、又は害されるものとみなしてはならない。

●平和条約:第21条
_この条約の第25条の規定にかかわらず、中国は、第10条及び第14条(a)2の利益を受ける権利を有し、朝鮮は、この条約の第2条、第4条、第9条及び第12条の利益を受ける権利を有する。

_・・・とある。第21条は第25条を補完するものであるが、中国に於いては1901年に北京で署名された「最終議定書」を廃棄する旨(第10条)、並びに連合国に対して如何に賠償を為すべきか(第14条a)を、また朝鮮に於いては領域(第2条)、財産(第4条)、領海(第9条)、並びに通商(第12条)を保証したものである。
_この条約は、日本の占領下にあった地域を如何に対戦前の国体と為すべきか、また、戦後の処理に関して、日本国が連合国の求めに応じて如何に対応すべきかを規定したものである。詳しいことは当該条文を参照して欲しい。ここで重要なことは、甲は日本国であり乙は連合国である。先にも述べたが、係る連合国に朝鮮や中国(台湾)等が含まれていないことに留意して欲しい。
_この「平和条約」を補完するものが、1978年の「日本国と中華人民共和国との間の平和友好条約」である。また、1965年の「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」である。どちらの条約とも「国際連合憲章の原則」に適合してとあるが、もし、従軍慰安婦の云々を条約によって解釈するならば、係る国際連合憲章を斟酌する必要があるとも云える。

2:国際連合憲章】

−1945年6月26日にサンフランシスコで署名−
−1945年10月24日に発効−
−1952年3月20日に日本国加盟の閣議決定−
−1956年12月18日に日本国加盟を国連総会承認、発効−

_国際連合憲章は各自参照して欲しいのだが、とりあえず前文及び第一章の「目的及び原則」程度で良い。些か抽象的な内容であるが、概ね平易であり誰にでも理解できると考える。
_その中で、第1章、第1条[3]を如何に適用すべきかであるが、この条文を斟酌する限り、従軍慰安婦問題に関して現日本国政府は適切な処置を施している。その様に考えることもできる。或いは、私がこの条文だけを観て「適切である」と勝手な解釈を行ったのかも知れない。

●国際連合憲章:第1条[3]
_経済的、社会的、文化的又は人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語又は宗教による差別なくすべてのものの為に人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。

_・・・とあるが、これだけでは具体的に何を旨としているのかが捉え難い。また、この条約の条文には「適当」と云う語句が多い。少し困る。結論として、今後も、平和条約に於ける「連合国」以外の法益ないし人権を如何にして解釈し、また、その求めに応じて如何に行動するのかが課題となる。

3:国際人権委員会】

_昨今、国連人権委員会に於いて、「女性に対する暴力撤廃」に関する決議文が採択(1996年4月19日)された。同時に、クマラスワミ報告書なるものが日本政府に突きつけられた。私は、従軍慰安婦問題を軽く観ていたのだが、どうやらリットン調査団以来の出来事らしい。大変なことである。また、現日本国政府に対する「勧告」はゆゆしき内容であると解釈している。
_クマラスワミ報告書で特徴となる語句は、概ね「強制連行」と「性的奴隷」であるが、法律の運用上「条約の不遡及」や「主権に基づく立法措置」等の要素も考慮に入れなければならない。
_蛇足ではあるが、国際人権規約(1966年12月16日に採択)のことも考えねばならない。日本は当該規約に賛成はしたが様々な国内法の問題から批准には至らなかった。しかし、後に日本国はAB規約批准書を寄託し、1979年9月11日に加盟国になった。但し、議定書(プロトコル)については批准していない。日本国が加盟したことを受けて、その頃の私は大いなる進歩として歓迎したのだが、この規約は諸刃の剣であることに違いない。
_クマラスワミの勧告は6項目の短い内容である。これを読んで、私個人として疑問に感じる項目が多い。尤も、当該勧告を履行するか否かは現日本国政府の判断に委ねるしかない。私が何故、国際人権委員会の勧告に疑問を持ったかである。私の疑念は、さしずめ私の感覚から生じたものであるが、この問題を考える場合は以下の条文を適正に斟酌しなければならない。とにかく立法条約を観てみよう。

●国際連合憲章:第2条
_この機構及び加盟国は、第1条に掲げた目的を達成するに当たっては、次の原則に従って行動しなければならない。

●同条[1]
_この機構は、そのすべての加盟国の主権平等の原則に基礎をおいている。

●同条[7]
_この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。但し、この原則は、第7章に基く強制措置の適用を妨げるものではない。

●国際連合憲章:第7条[1]
_国際連合の主要機関として、総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、国際司法裁判所及び事務局を設ける。

●同条[2]
_必要と認められる補助機関は、この憲章に従って設けることができる。
_とある。私が考え得るに、例え国連と云えども国家の主権に干渉することはできないと思う。クマラスワミの勧告はインターネットのあちこちで見受けられる。よって、ここでは提示しない。

_紛争当事国ならまだしも、この内容を素直に受け入れることができるだろうか。また、同じ勧告であっても、各々のサイト毎に微妙に表現の内容が異なる。
_また、件の勧告が、ラディカ・クマラスワミ女史によるものか、国連人権委員会によるものなのかが曖昧なままである。何れにせよ国連も税務署並みになってきた。日本は、赤字国債を減らして、もっと清貧を極めた方が良いかも知れない。また、金がなければ、東南亜細亜に女を買いに行くこともできないだろう。同じことの繰り返しであり色々な意味で反省が足りない。いけない、少しぼやいてしまった。

HomePage Previous Next Admin