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§4:国際法の法源

_更に、重要と目される条約が、「条約法に関するウィーン条約(以下:ウィーン条約)」であろう。
_これを参照して頂ければ、今後予想予想される国際問題を如何に解決すれば望ましいのかが自ずと理解できると考える。但し、具体的な方法論までを提示したものではない。概ね、理念系としての概略が何となく分かる程度であろう。

1:条約法に関するウィーン条約】

−1969年5月22日にウィーンで採択−

●ウィーン条約前文
_この条約の当事国は,
_国際関係の歴史における条約の基本的役割を考慮し,
_国際法の法源として、また諸国の憲法上の制度及び社会制度のいかんに関係なく諸国間の平和的協力を発展させる手段として、条約がますます重要性を増しつつあることを認め,
_自由な同意の原則並びに真義誠実の原則及び「合意は守られなければならない」という規則が普遍的に認められていることに注意し,
_条約に関する紛争が、他の国際的紛争と同じく、平和的手段により、かつ、正義と国際法との諸原則に従って、解決されるべきことを確認し,
_連合国の人民が、正義と条約から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立すべく決意したことを想起し,

_(中略)

_この条約において達成された条約法の法典化と漸進的発達が、憲章中に掲げられている国際連合の目的、すなわち、国際の平和と安全の維持、諸国間の友好関係の発展及び協力の達成、を促進することを信じ,
_この条約の規定により規定されていない問題については、引き続き国際慣習法の諸規定によるべきことを確認して,
_以下のように合意した。

_(以下主文)

_・・・とある。とりあえず上記に掲げた内容を理解しておけば十分である。この条約は「採択」されたものであり「署名」されたものではない。よって、日本国により、何時の時点で批准・発効されたかの形跡は一切ない。すなわち、日本国にとって当該条約は「勧告」ないし「合議」であると判断できる。但し、「諸国の憲法上の制度及び社会制度のいかんに関係なく‥‥」とあるが、この一文をどの様に解釈するかである。ここでは私の考えは保留するが、この条約は、国際法を、憲法を含む国内法よりも上位に位置するものとして規定しているのだろうか。

●ウィーン条約:第26条(合意は守らなければならない)
_効力を有しているすべての条約は、その当事国を拘束するものであり、当事国により誠実に履行されなければならない。

●ウィーン条約:第27条(国内法と条約の遵守)
_当事国は条約を履行しないことを正当化するためにその国内法の規定を援用することができない。ただし、この規定は第46条の規定の適用を妨げない。
_とあるが、第26条では、条約を締結した当事国の主権の及ぶ範囲に於いて、条約は明確な法源として係る主権国家を拘束するものであり、同時に、他の主権を行使する第三国ないし主権に基づく国内法を拘束するものではないことが伺える。但し、「誠実に履行」する為には、必要に応じて、新たな国内法の新設や現行法の改廃が必要であることは云うまでもない。
_第27条では、法律の運用上、条約の履行の妨げとなる国内法があれば、これを努めて改廃するなり、必要なものを新設する旨と伺い知ることができる。また、該当する条約に反定立する国内法の存在を許しているが、該当する条約の無効表明(第2節)や、関係する国内法の改廃・運用については国家の主権に任されていると判断できる。尚、第46条(条約締結の権限に関する国内法の規定)は説明を省略する。

2:私法に対する強行規定】

_ウィーン条約で気になる条文が第53条(一般国際法の強行規範に抵触する条約)である。すなわち強行規定[jus-cogens:羅]である。条約や憲法は公法の代表格である。公法の大部分が強行規定であるが、強行規定は一部の私法にも適用される。すなわち、私法の規定には、強行規定と任意規定の両種が併存するが、[1]権利主体[2]身分[3]物件に関する規定や[4]経済的弱者を保護する為の規定等は強行規定の範疇にある。分かり易く云えば民法の「公序良俗」である。民法は私法であるが、その第90条に強行規定が明文化されている。これは私法の中でも特筆すべきことである。しかし、条文を読む限りでは何を云っているのか分からない。

●民法:第90条(公序良俗違反ノ法律行為ノ無効)
_公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス

●民法:第91条(任意規定ト別段ノ意志表示)
_法律行為ノ当事者カ法令中ノ公ノ秩序ニ関セサル規定ニ異ナリタル意志ヲ表示シタルトキハ其意志ニ従フ
_そこで、強行規定なるものを説明するにあたり民法の教科書に御登場願おう。分かり易いものがあるので引用する。

3:公の秩序・善良の風俗(民法読本)

_(前略)

_公の秩序は社会の一般的秩序、善良の風俗は社会の一般的道徳観念を意味するといわれており、両者を区別せずに社会的妥当性と理解されている。法律行為の内容が全体として是認し得ない反社会性を有している場合、これを無効として保護を与えないことにしているわけである。ベニスの商人ののような話は今ではありえないと考えるのは早計である。金によって他者の人格・身体を拘束すること(人身売買など)は今でもある。親が芸者置屋に娘を売るかわりに、抱主から前借金を受け取り、娘を年季奉公として芸娼姑として働かせ、働いて得た収入から前借金の弁済にあてるといやり方である。

_(中略)

_こうした契約は、人格の尊厳を軽視するものとして効力をもちえない。そのほか性道徳に反する妾契約、社会倫理に反する賭博契約、悪事をする契約、村八分、入札に於ける談合等も公序良俗に反して無効となる。更に、他人の無思慮、軽率、窮迫、無経験に乗じて不当な利益を得る行為、すなわち、暴利行為なども、社会的・経済的強者による弱者の不当な圧迫として無効となる。

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民法読本1<総則・物件法>:好美清光・米倉明編
有斐閣選書(昭和56年度版):57頁58頁から一部を引用した
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4:公法に対する強行規定】

_強行規定に違反した法律行為だが、これを国際法に当てはめると、さしずめ戦争を通じて第三国を侵略するとした条約が考えられる。あり得ないことだが、イラクとシリアで戦争条約を締結して南極を侵略しようとする策略である。極めて荒唐無稽な例を出したが、国際法上この様な条約は無効とみなされるであろう。
_何故、私が強行規定を持ち出したか。いわゆる公序良俗に反する様な国際法があれば、それをどの様に解釈するかである。ウィーン条約の第53条は、「条約は、その締結の時に一般国際法の強行規定[jus-cogens]に抵触しているならば、無効である」としている。勿論、これは条約<対>条約の関係を旨としたものである。条約は勿論公法であるが、ウィーン条約は公法にも拘わらず強行規定にまで言及している。問題は、国際法<対>国内法の関係である。突き詰めて考えれば国内公法<対>国際公法である。国際公法と云っても立法条約は度外視して考える。
_さて、憲法は公法であり自律的に強行規定が内包されている。民法第90条やウィーン条約第53条の様に、強行規定に反する法律行為は無効である旨を明確に規定していない。しかし、国際社会での法律行為を考えるとき、国内公法に於いて、その強行規定の法源となるものを何処に見いだすかである。公法は、その大部分が強行規定であるが、民法第90条の様な強行規定を何処に見いだすかである。
_そこで、どこかで聞いた様に記憶するが、例として「過去の戦争責任に対して、特定個人を罰する様な国内法を立法しなさい」と云う「国連勧告」があるとしよう。誤解のない様に確認しておくが、国連勧告は国際公法の法源ともなり得るが任意規定である。この勧告の示した国内法とは、刑法や刑事訴訟法に関連すると思うのだが、これらもまた公法である。国内公法は、民法第90条の様に強行規定を明文化していないが、自律的に内包する強行規定があると考える。これら国内公法の強行規定となるものは、その立法や改正に際して、正しく三権分立の体が保たれているか、また国家の主権が尊重されているか等が考えられる。

5:立法に対する強行規定】

_先の例で挙げた「国連勧告」は、立法に於ける三権分立と国家主権の前提を無視したものである。要は、三権分立の体を為していないことと国家の主権に配慮していないことが、立法と云う法律行為の、いわゆる公序良俗に反する勧告であると判断できる。但し、三権分立の件は説得力が弱いかも知れない。最も、国家主権に配慮していないことは明白である。
_とりあえず、ここまでが強行規定である。次に、この様な勧告は、憲法の「基本的人権の尊重」の基本原則(第13条、第97条)に反しているであろうし、また事実上、日本国憲法(第39条、第41条、)はもとより国連憲章(第2条[7])に抵触していると考える。この場合、基本的人権の法益となるものは、「過去」の戦争責任を問われる特定個人である。すなわち、関連する諸法令の強行規定に反する、また当該国家の最高法規及び立法条約に反する、この様な国際法や国際法の法源も有り得る。
_もし、国家の主権を脅かす、或いは最高法規に違反した国際法の遵守を、不特定多数の国家や個人に促されたとしよう。この様なことに直面したならば、自らの主権すなわち主権在民の要件ないし硬性憲法の定立要件を、我々国民自らの手によって防衛しなければならない。主権は国民にあるのであって国連や天皇にある筈がない。
_昨今は国際化と云うが、個人が国際化を意識するあまり、例え国連が云うことであっても、妙な囁きに迎合してはならないのである。また、国連は、決して国家の上部組織ではないことを忘れてはならない。あくまでも国権の最高機関は国会である。

6:条約と、憲法及びその他の国内法との関係】

_憲法第98条を斟酌すると、条約は憲法の下位にあるか上位にあるかを規定するものではない。では、条約と憲法は、並立的ないし相互補完的なものとして規定されているのであろうか。
●憲法第98条(憲法の最高法規制、条約及び国際法規の遵守)
_この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

●同条[2]
_日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
_・・・とある。第[1]の条文には「条規に反する法律」とあるが、その「法律」に条約を含むとみなして考える。みなして考えたとしても、憲法の条規に反する条約は、さしずめ国会によって承認されないであろう。後に説明するが、これを学説上「憲法優位説」と呼ぶ。
_また反面、「条約優位説」もあるのだが、これは憲法第96条(憲法改正の手続、その公布)の存在理由を失わせることとなり、日本国憲法の硬性憲法性を著しく損なうことになる。よって、憲法優位説を以て正当とすることが一般的である。
_憲法第98条で、憲法は国の最高法規性と硬性の旨を規定し、続けて同条第[2]で条約を遵守しなければならないとしている。文脈から判断すれば、条約及び憲法は、その他の国内法の上位に位置する法規として相互補完的に存在し得ると解釈する。相互補完的と表現したが、その意図するところを説明する。確かに憲法は国の最高法規であるが、国際社会では何を最高法規とするかである。誤解のない様にしたいのだが、憲法と条約とを同一水準の最高法規と考えている訳ではない。憲法はともかく、条約の国内法的効力について以下の学説があるので紹介しておく。尚、[self-executing]とは、国内法の立法を待つことなく、そのまま国内法として適用し得る内容を持つ条約を指す。

7:憲法と条約(答練・憲法)

_条約の国内法的効力については、各国憲法の定めに依ると云うのが現代国際法上一般に承認されている原則であり、現に行われている慣行である。この点に関する各国憲法の定めは必ずしも一様でないが、概して[self-executing]な条約については、公布と同時に国内法的効力を認める立場、すなわち一般的受容の立場を採る例が多い。日本国憲法もこの様な一般的受容の立場を採っていること(憲法第98条[2]、73条3号、7条1号)、及び、この様な自律的規範を通じて国内法化された条約が、法律に優位する形式的効力を持つことは、学説上異論を挟まない。しかし、憲法に優位する効力まで持つか否かについては説が分かれている。
_憲法優位説に立つならば、それを実効的なものとする為には、少なくとも条約を実施する国内法令の合憲性を審査する前提問題として、内容的違憲条約の国内法的効力につき司法審査を肯定すべきであろう。

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答練・憲法:池田政章・好美清光:他編
学陽書房(昭和55年度版):24頁〜26頁から一部を引用した
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_以上、学説の文脈及び常識から判断して、「国内法」の表現には憲法を含まないことが妥当と考える。しかし、この学説の第一文節を観る限り、主権ないし憲法とは一体何かと云う疑問が生じる。条件審査肯定説があるにせよ、国家の主権が及ばないところで立法が為されると云う可能性が残される。
_刑事特別法(砂川事件)はともかく、スーパー301条と云うウィルス法をどの様に捉えれば良いかである。ともかく、日本人は外交下手だと云われている。また実際にそうである。謝罪外交がとかく批判されがちだが、謝罪そのものはともかく方法が下手なのである。開き直るのも萎縮するのも良くない。どちらも真意が伝わり難いと感じる。慣習国際法の存在を考えると、この様な有様では益々日本国の主権が希薄になる可能性がある。国際社会はその様な危険性を孕んでいる。この学説は、その様なことも示唆している。

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