§7:参考資料の提示
_国際法がテーマであったにも拘わらず、最後にはインターネットがどうのこうのになってしまい些か恐縮である。私は、法律や国際問題を解するにあたり「悟性に基く判断」が鍵になると考え、この「悟性」に基づいた思考を一人よがりとはせずに、おおよそ様々な人の意見を斟酌する必要性を感じた。
_そのひとつの方法として、多数の人間による思考、すなわちコンカレント処理としたのである。また、「悟性」による判断・解釈が必要な概念として「公正」と云う言葉に代表してもらった。
_多数の人間によるコンカレント処理は、時間を超越することの代替処理であるとした。また、空間を超越する利器としてインターネットに代表してもらった。但し、その利器は取り立ててインターネットである必要はないが、利用のし易さから概ね妥当な通信手段と考えている。加えて、インターネットは同時に世界の公器であることを忘れてはならないと思う。
_さて、蛇足になる可能性が高いが、この章に於いて、様々に参考となる資料を引用しようと考えている。尚、法令以外で引用する書物は、高校3年生のときに社会科の授業で利用した「’76政治・経済資料集(以下:政経資料)」である。恐らく、この書物の原本を探し出すのは困難であろう。監修は美濃部亮吉であり、発行は(株)清水書院である。
【1:国会(政経資料)】
<a国会の地位>
_憲法第41条に、国会は国権の最高機関で、国の唯一の立法機関であるとしている。国権とは、国家権力または統治権を意味するが国会が国権の最高機関であるからといって、他の行政権や司法権の上級機関だというわけではない。ではどうして国会を国権の最高機関であるとするのか。それは国会の構成員である議員は、主権者である国民より直接選ばれた代表であること、すなわち、国会は直接国民を代表する機関であるから、国家諸機関中政治的に最も重要な地位にあるという趣旨である。
<b唯一の立法機関>
_一切の法は、原則として国会によってのみ制定されるということで、これには二つの意味がある。一つは、立法課程のはじめからおわりまで、国会の独占に属していて他の機関の介入が許されないということ。もう一つは、立法をする機関は、国会以外に認められないということである。
_この原則の例外は、1:両議員の規則制定権(憲法第58条[2])、2:内閣の政令制定権(憲法第77条[1])、3:最高裁判所の規則制定権(憲法第77条[1])、4:地方公共団体の条例制定権(憲法第94条)、5:地方特別法(憲法第95条)などで、憲法の中で規定されている。
【2:最高法規(政経資料)】
<a根本法>
_憲法は、階層関係を形成している法秩序の中で、最上位をしめる法である。つまり、法律・命令などの法体系の中で、根本を定める法である。したがって、「その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」(憲法第98条[1])ことになるのである。憲法に違反するかどうかの判断は、さきに述べたように、最終的には最高裁判所があたることになっている。すなわち、違憲審査権の制度がそれである。しかし、問題は最高裁判所に合憲判断をまかせればよいということではない。「人の支配」から「法の支配」への移行には、人類の多年に渡る血と汗の犠牲が払われたこと、つまり、「法の支配」さらには基本的人権の保障を獲得した先人たちの努力を、現在及び将来の国民がよく理解し、現に行われている政治の動向をたえず注意深くみつめる必要があるのである。第10章最高法規の中で、97条に「基本的人権の本質」として規定されているのは、そういう意味において、根本法である憲法の中核となる基本的人権について、第三章の規定にもかかわらず、ふたたびふれたものと思われる。なお憲法尊重擁護の義務について、99条の規定は、国民についてふれていないが、この憲法は国民が確定した憲法なので、国民が尊重擁護することは当然のこととし、とくに天皇をはじめ公務員が、憲法尊重擁護の義務があることを定めている。
【3:参考となる国際法】
_以上、随分古い教科書の内容を引用した。多少的を外したかも知れない。私が、云いたいことは、より「公正」に近い法律はその国の根本法であり、国際法であっても国内法であっても、その解釈・運用にあたっては、係る根本法すなわち最高法規を「適正」に斟酌したいと考えるからである。日本国憲法が「公正」に近いと考えた理由は、この法律は基本的人権の尊重や恒久平和、そして国民主権を基礎としていて、全てこれらの概念は人間の「悟性」に基く判断・思考を喚起するものと期待したのである。ところで、世界人権宣言(昭和23年12月10日に採択)の中で気になる条文があるので引用しておく。大切な条約を忘れていた。
●世界人権宣言:第10条
_すべて人は、自己の権利及び義務並びに自己に対する刑事責任が決定されるに当たって、独立の公平な裁判所による公正な公開の審理を受けることについて完全に平等の権利を有する。
●世界人権宣言:第11条[1]
_犯罪の訴追を受けたものは、すべて、自己の弁護に必要なすべての保証を与えられた公開の裁判において法律に従って有罪の立証があるまでは、無罪と推定される権利を有する。
●同条[2]
_何人も、実行の時に国内法又は国際法により犯罪を構成しなかつた作為又は不作為のために有罪とされることはない。また、犯罪が行われた時に適用される刑罰よりも重い刑罰を課せられない。
●世界人権宣言:第12条
_何人も、自己の私事、家族、住居若しくは通信に対して、ほしいままに干渉され、又は名誉及び信用に対して攻撃を受けることはない。人はすべて、このような干渉又は攻撃に対して法の保護を受ける権利を有する。
●世界人権宣言:第19条
_すべて人は、意見及び表現の自由を享有する権利を有する。この権利は、干渉を受けることなく自己の意見を持つ自由並びにあらゆる手段により、また、国境を越えると否とにかかわりなく、情報及び思想を求め、受け、及び伝える自由を含む。
●世界人権宣言:第30条
_この宣言のいかなる規定も、いずれかの国、集団又は個人に対して、この宣言に掲げる権利及び自由の破壊を目的とする活動に従事し、又はそのような目的を有する行為を行う権利を認めるものと解釈してはならない。
_とある。この条約の内容をすっかり忘れていたが、今回、私は改めてその心に留めておく。最後に、件の「ウィーン条約」の第8部(最終条項)の第81条を引用してこの論を閉じる。
●ウィーン条約:第81条(署名)
_この条約は、1969年11月30日まではオーストリア共和国連邦外務省で、その後は1970年4月30日までニュー・ヨーク国際連合本部で、国際連合、又はそのいずれかの専門機関又は国際原子力機関の全ての加盟国、国際司法裁判所規定の当事国になるような国際連合総会により招請された他の国による署名のために開放しておく。